COVID-19の感染拡大により、今や消毒用アルコールは生活必需品と考えられます。ところで、アルコールはどのようにして消毒作用を発揮するのでしょうか?またアルコールが効くウイルスと効かないウイルスがあるという話を聞いたことがあると思いますが、実際はどうなのでしょうか?
一般に、消毒用アルコールとして用いられるのはエタノールあるいはイソプロパノールです。これらの消毒作用のメカニズムは実ははっきりとは解明されていません。有力な説では、これらのアルコールの化学構造には脂肪になじむ親油性部分と水になじみやすい水酸基(-OH)がある親水性部分があるため(図)、ウイルスの外殻であるエンベロープを構成する脂肪膜に親油性部分が溶け込み-OH基が水を引き込むことで孔をあけ、そこから内容成分が流れ出す、あるいは外の成分が流れ込む状態を起こし、エンベロープを破壊すると考えられています(図)。エンベロープを持つウイルスでは、エンベロープを破壊すればウイルスは失活します。つまりエンベロープを持つインフルエンザウイルス、コロナウイルス(COVID-19も含みます!)などには、アルコール消毒が有効であるということになります。
一方エンベロープを持たないノロウイルスやロタウイルスは、外殻がタンパク質の殻(カプシド)だけです。タンパク質にもアルコールは馴染むものの、脂肪の場合ほどには侵入できないので、殻を破壊できず、ウイルスを失活させるには至りません。
しかし近年の研究では、酸性の条件ではノロウイルスにもアルコール消毒の効果があることがわかっています1)。これはアミノ酸の集まりであるタンパク質はpHによってかたちや性質を変える事から説明できます(図)。つまり、酸性条件ではノロウイルスを守っている殻はアルコールの侵入を受けやすい形になっていると考えられます(図)。それゆえ、市販されているノロウイルスに効くとされるアルコール消毒液にはクエン酸(図)が添加されている製品が多いのです。
また、いわゆる汚れの多い状況ではアルコール消毒の効き目が鈍るとされています。この理由は汚れのタンパク質にアルコールが吸着してしまうからと考えられますが、前述の研究ではタンパク質を凝集する作用のある硫酸マグネシウム(MgSO₄)を添加すると、アルコール消毒の効果が上がる結果となっています。これは汚れのタンパク質が水分子と結びついている状態(水和)に、水分子とより強く結びつくMgSO₄を添加することでタンパク質から水分子を引き離し、溶解性を低下させタンパク質同士が結合し沈殿する現象(塩析、図)あるいはタンパク質同士を集める作用(凝集、図)によると考えられています。
このようにタンパク質やアルコールの性質は基本的な化学なのですが、消毒用アルコールの効果は消毒する相手の状態や性質に大きく左右されることがわかっており、今もなお研究が続いています。化学の視点からみると、たかが消毒液とは侮れないところです。
1) Shintaro Sato et al. Alcohol abrogates human norovirus infectivity in a pH‐dependent manner. Scientific Reports 10, 15878 (2020).