リベルサス錠の備忘録

 2020年6月にノボノルディスクファーマから国内初の経口グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬の「リベルサス錠」(一般名:セマグルチド)の製造販売が承認され、11月に薬価収載されました。すでに「オゼンピック皮下注」の商品名で薬価収載されている、持続性GLP-1受容体作動薬セマグルチドの経口剤バージョンです。
 経口剤の最大の魅力と言えば、患者さんが痛くない!ことです。他にも投与の簡便さなどもあり、経口剤にできればとても便利なことの説明は必要ないでしょう。しかし、私たちがはじめてセマグルチドの経口剤と聞いたときには、いくらなんでも無理なんじゃ…と思いました。
今回は、GLP-1経口薬はどのような工夫によって経口投与を可能にしたのかをみていきます。

セマグルチドの構造式(「オゼンピック皮下注」添付文書より引用)

 

 私たちが無理だと思った理由は、セマグルチドの構造の大きさ構成要素にあります。
 一般的に大きな構造(分子量500以上)をもつ物質の消化管吸収率は低下するといわれています(リピンスキーの法則)1)。セマグルチドの分子量4113.58なので、いやいや無理でしょうと思うわけです。さらにセマグルチドのようなペプチド製剤(アミノ酸がペプチド結合で連なった構造の製剤)は、インスリンが代表例ですが、多くの水素結合を形成しやすい部分があり多量体をつくりやすい性質があります。多量体になるとみかけの構造はさらに大きくなるので、消化管吸収は絶対に無理だと思えるのです。

 また、ペプチド結合は胃で分泌されるペプシンのプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)によって分解されます。つまりセマグルチドの構造はすぐに切断されてしまうと考えられ、構造を維持したまま吸収されることはあり得ないと考えられるのです。 

ペプチド製剤の加水分解

 この問題点を解決するために、リベルサスにはサルカプロザートナトリウム(SNAC)と呼ばれる吸収促進剤が配合されています。まだ完全には解明されていませんが、SNACにはセマグルチドと複合体を形成して多量体化を防ぐ性質、胃粘膜細胞の脂質膜透過性を上げる性質があると説明されます。構造中に疎水部分親水部分があるSNACはセマグルチドによくなじみ複合体となることでセマグルチドが多量体になるのを防ぎます。また脂質にもよくなじみ、水と油の反発を緩やかにする界面活性作用もあります。界面活性作用はセマグルチドを脂質に強引に溶かし込むことができるので、胃粘膜細胞の脂質膜を透過させ血中へ到達させると考えられています。また、カルボン酸ナトリウムの部分構造によりpH緩衝作用もあります2)。プロテアーゼが働く環境は強酸性状態なので、pH緩衝作用はプロテアーゼによるセマグルチドの分解反応を遅らせることができると考えられます。

サルカプロザートナトリウム(SNAC)の化学構造

 このような説明によれば簡単に吸収できるように思えますが、よく考えるとツッコミどころも多い気がします。まずセマグルチドとSNACの構造の大きさははるかに異なるため、これだけ大きさが違うのに複合体を形成できるのかという点です。この点はSNACの構造は自由度の高いフニャフニャした構造なので最適な形に変形して複合体形成が可能になっていると考えられます。しかし複合体を形成する強さについては、SNACがフニャフニャ構造なので、それほど強く複合体を形成できるようには思えません。また、自由度の高い構造は選択性が高くなく、SNACは他の物質とも複合体を形成すると思います。そうすると、SNACはそれほどセマグルチドの吸収の助けになっていないのではないかとさえ考えてしまいます。そう思いながら添付文書をみるとセマグルチドのバイオアベイラビリティはわずか1%となっていました。ただ、1%のバイオアベイラビリティでも服用の条件を定めることで安定な血中濃度を得ることに成功しているともいえます。
 これはSNACのフニャフニャした構造のために複合体形成力が弱く選択性がないという弱点を、空腹時に120ml以下の水で1錠のみ(例えば14mg投与の場合、7mg錠×2は不可)服用すること、他の薬剤と服用しないこと、錠剤は粉砕しないこと、服用後30分は飲食、他剤の服用などの経口摂取を避けることなど、多くの用法の制約によって克服しているのだと思います。インタビューフォームでは、セマグルチドは錠剤の表面周辺からしか吸収されないSNACの投与量は多すぎても少なすぎても吸収率が低下するなどの説明もあり、かなりシビアな吸収条件であることがわかります。

 

セマグルチドがSNACの作用により吸収されるイメージ図(文献3より転記)

 このように現段階では多くの制約がありますが、セマグルチドのような高分子タンパク質の薬剤を内服薬にできたこの手法は非常に画期的であり、これからの製薬においては目が離せない分野だと言えます。

参考文献
1)くすりのかたち,p.105-112,南山堂(2013).
2)レシピプラス,Vol.17 No.4p.58-61,南山堂(2018)など
3)民輪 英之ほか,Drug Delivery System Vol.35 No.1 10-19 (2020).